「医師になるには?」2人の講師を迎えて、子ども向け講座第2弾開催!

「なるには」講座

皆さん、ご存じですか?小学生の将来なりたい職種ランキングによると、医師は男女ともに、第3位なのだとか!時代が変わっても、変わらず人気の、憧れの職業なんですね。

そこで今回「おとなの寺子屋」では、「将来、医師になりたい」という子ども達に向けた講座を開催。これは、昨年行われた「建築士になりたい子集まれ!」に次ぐ、子ども向け講座第2弾

9月23日、気持ちの良い秋の日に、二子新地の大山街道沿い、駄菓子の木村屋隣りの「平原邸」(現CIRCLE)に集まったのは、総勢20名以上!親子での参加も目立ちました。

プログラムは前半と後半に分かれていて、それぞれ別の講師が登壇。

前半の講師は、現在、順天堂大学医学部3年生金井 彩音(かない あやね)さん。まずは自己紹介から。

「現在21歳で、母とは友達のような関係。人と会うこと、笑うこと、おしゃべりが好き。中学3年生のときにアメリカでホームステイをした関係で、外国の音楽や映画も大好き」とのこと。(この日もお母様がごいっしょでした!)

子どもの頃から、怪我や病気をするたびに、歯科医であるお母様が適切な薬や処置について教えてくれたのが、とても心強かったのだそう。そして、自然と「自分の体のことは、自分で知っていたい」と考えるようになったのが、医学部に入った理由なのだとか。

中学・高校は、世田谷にある「鷗友学園女子」で、部活動のバレーボールをはじめ、文化祭で副委員長を務めるなど、好きなことに熱中してきたという彩音さん。

医学部に入るために、結局一浪することになってしまったものの、後悔はしていないそう。

この日も、目の前に座っていた中学生の女の子に「勉強だけでなく、好きなことはちゃんと続けた方が良いと思います。それが大人になった時に何かしら生きてくると思うから」と、アドバイス。

現在大学では、「正常な体の状態はどうなっているのか」についてほぼ学び終えたところだそう。これから、「具合が悪いとき、体の中ではどんなことが起きているのか」について、最後は「痛い、苦しいといった良くない状態をどう治療していくのか」について学ぶことになっているのだそうです。

実は彩音さんは、「医学に興味はあるけれど、医師になりたいわけではない」そうで、将来は、「医学の知識を活かして、社会貢献につながるような、今までにない新しい仕事を模索していきたいと考えているそうです。

特に、健康な人がずっと健康でいられるような、予防医学に興味があるんだって。

そのためにも、今は見聞を広げるべく、さまざま人に会いに行くようにしているのだとか。

例えば、反原発のデモに参加してみたり、幼い頃にお世話になっていた習い事の先生を訪ねてみたり…。「おとなの寺子屋」に参加しているのも、その一環なのだとか。

ここで、彩音さんのお友達で、同じく順天堂大学医学部3年の、板垣さんと落合さんが、ゲスト出演。

板垣さんは、「渋谷教育学園幕張校」出身で、 在学中は「模擬国連」という、国の大使になったつもりで、国際問題を考えたり、相手国と交渉したりする活動に力を入れていたそう。

そして「順天堂大学は今、勢いのある大学。カリキュラムをよりよく変えていこう、という熱意が感じられる」と、教えてくれました。

お母様とおば様が、免疫に関する持病を持っていることから、将来は免疫の研究を通して、困っている人の役に立ちたいそうです。

板垣さんも浪人を経験していて、「いろいろな情報を入手するためにも、塾は大手に限ります!」という具体的なアドバイスも!

落合さんは、「湘南白百合学園」出身で、「自分の体について、ちゃんと知っておきたい」という思いと、震災などに際して「目の前で苦しんでいる人を助けたい」という気持ちから、医学部を選択したと説明。

将来は、日本で学んだ医学の技術を、海外で(医者不足などで)困っている人のために役立てたいのだとか。

そんな落合さんも、最初は数学が苦手で、理系選択をあきらめそうになったこともあったのだそう。でも、やっぱりどうしても医学部に入りたくてがんばったのだとか。やはり浪人しているときに、塾で知り合ったのが、彩音さんだったそうです(笑)。

ここで、後半の講師を務める松岡さんが、「ぼくも数学は苦手でしたよ」と発言!そしたら、彩音さんも「私も数学はできなかった」と言い、さらに寺子屋主催者平原さん(慶應大学医学部医療政策・管理学教室勤務)まで、「ボクも数学で3点と5点をとったことありますから!」と暴露!

「医学部に進むからには、もともと数学が得意だったに違いない」と思い込んでいた記者は、とってもびっくりしました!

でもその話を聞いて、中学生の女の子から「バドミントンが忙しくて、なかなか勉強ができないから、医学部は無理かも…と思っていたけれど、今日お話を聞いて、やっぱりがんばってみようと思った」とう感想が寄せられました!

他には「血を見るのは怖くないですか?」という質問も。それに対しては、皆さん「慣れれば割と大丈夫ですよ〜」と返答。彩音さんと落合さんは、採血を練習するときにペアを組んでいるんだって。

3人の現役医学生からのメッセージは、お医者さんというものを広くとらえ、興味を持ってみてほしいということと、「苦手科目は何とかなるから、気にしなくて良い」「好きなことは続けてほしい」ということでした!

それでは、プログラムの後半へ。今度の講師は、厚生労働省で「医系技官」というお仕事に就いている松岡 輝昌(まつおかてるまさ)さん。

まずは、「医系技官」というのは、どれだけレアな職業か?についてざっとご説明。

世の中に医師免許を持っている人は、約32万人。その中で、大学病院をはじめとする大病院で働く人が20万人、診療所で働く人が10万人、その他が2万人。医系技官はもちろん、「その他」に含まれているそうなのだけれど、全員で約250名しかいないんだって。

つまり、32万人のうちの250人!単純に計算すると1280人に1人の割合なんですね〜。
超レアキャラみたいなもんです〜」と茶目っ気たっぷりの松岡さん。

松岡さんが最初に配属されたのは、「医政局総務課」で、そこでは国から予算をもらって、医療のインフラを整えるお仕事に従事。それまで、全ていっしょくたになっていた病棟を、患者さんの状態別に、一般と療養に分ける、といったことをされていたそうです。

次は、200〜300存在する国立病院を100まで減らすという部署へ。病院を減らすためには、そこで働いている人の雇用をどうすればいいのか、とか、地域住民への説明など、いろいろな問題があって大変なんだって。

その後は「環境省の保健業務室」へ。

ここでのお役目は、「水俣病以外の公害病の解決を目指す」というもの。主に、イタイイタイ病の患者さんを、本当にイタイイタイ病なのか見極める、ということをされていたそうです。

それから同じく「環境省」内の「環境リスク評価室」へ。

当時、茨城県在住の2歳の男の子の体調が悪化し、ヒ素中毒が疑われていたため、それについて調査。男の子だけでなく、周りの大人も具合が悪くなってきたため、「これはおかしい」ということになり、井戸水を調べたところ、自然界では存在しない「ヒ素」が出てきたそう。

こうなると、「汚染者責任は誰にあるのか?」「被害者は誰で、範囲はどこまで及んでいるのか?」といったことを明確にするために、同心円状にいくつも井戸を掘ったり(そのときは、工事の現場監督のような状態に!)、具合の悪い人の髪の毛を採取してヒ素中毒かを調べたり、さまざまな作業が発生するのだそうです。

と、ここまで松岡さんは1〜2年おきに配属先を移動。「医系技官」のお仕事について、まったく無知だった記者ですが、とにかく、どんどんやるべきお仕事が変わっていくことにびっくり!

その後松岡さんは1年間イギリスへ。医系技官の方は、一度は海外勤務になる人が多いそうです!これは魅力的ですね!

帰ってきてからは「厚生労働省の食品安全部」で、お米の輸出に関わる案件を、さらに「防衛省」に移って、「バイオテロへの対策」や「イラクで亡くなった方をどうやって日本まで運ぶか…?」といった、聞くだけでもちょっとぞぞっとするような、でも医系技官ならではのお仕事を。

厚生科学課」では、国立国際医療研究センターの仕組み作りに携わり、「老健局老人保険課」では、より元気なお年寄りを増やすための支援や介護保険に関わる案件を担当。

その後、「茨城県庁保険福祉部」へ次長として就任。3年近く勤め上げたそうで、今のところ、一番長くいらしたのは、この茨城県庁だったそう。

と、とにかく多種多様な担当業務をこなしてきた松岡さんですが、現在は、「医政局地域医療計画課 医師確保等地域医療対策室」の「在宅医療推進室長」と「精神課医療等対策室長」を兼任されているそうです!うーん、役職名がものすご〜く長い(汗)!

で、今やってらっしゃることは、かなり多岐に渡るそう(松岡さん曰く、“等”がつくと、何でもできる!)ですが、一言で言うと、医師が働くためのシステムをつくることだそうです。

松岡さんは、医系技官のお仕事を「(国の医療に関わる案件の)バトンをつなぐランナーの一人」と表現されていました!なるほど!さらに冗談で「受け取るのがバトンじゃなくて、爆弾のこともあるけど(笑)」ですって!

松岡さんが医系技官を目指したのは、お祖母さまが膵癌(すいがん)で亡くなったことがきっかけだったそう。「どんなスーパードクターになっても、救えるのは目の前のほんの一部の人。それならば、医療のシステムや教育を変える側に回った方が良いのではないか」と考えたそうです。

ちなみに医系技官になるためには医師免許が必要で、採用試験は面接と小論文だそうです。女性の医系技官も多いんですって!

ここで、現役女子医大生から9時〜5時で働けますか?」との質問が…。
「9時〜5時といえば、ひと昔前は、夜の9時〜朝の5時のことでしたが(笑)、まあ今は一応土日も休めますし、夜8時位に帰る人も多いです」と松岡さん。やっぱり、かなり忙しいお仕事のようです。

記者としては、普段、なかなか触れることのない医系技官のお仕事について、かなり詳しく、そして赤裸々に伺えて、ちょっと視野が広くなりました!

おとなの寺子屋主宰の平原さんも、「松岡さんのお話は、特に現役医大生にとって刺激があったのではないでしょうか」とコメント。

その後は、1階にある「ニコルーチェ」というイタリアンレストランに移って、懇親会。
美味しいお料理とワインで楽しい時間を過ごしましたよ〜。

ちなみに、講座に参加していた小学2年生の女の子のメモがこちら!
難しい内容を丁寧にメモっていてびっくりしました!

女医さんの卵、輝く未来に向かってがんばれ〜!

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